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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)142号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 本願発明について

1 成立について当事者間に争いのない甲第三号証(本件特許願願書添附の明細書を昭和五八年五月一八日付補正書により補正した全文補正明細書。以下、右補正後の明細書を「本願明細書」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の目的、構成、効果について、次のとおり記載があることが認められる。

(一) 本発明は、二つの相対的に揺動可能な部材が一対の蝶番目板により互いに連結されていて、該蝶番目板の一方と協働する大体にヘアピン状に作られた板ばねにより二つの所定の相対的な位置のどちらかに弾力的に押し動くようにされているタイプの枢動継手に関する。(甲第三号証三頁五行から一〇行まで)

(二) この継手の使用されている板ばねは一般にV字状の輪郭の鋼板ストリツプより構成されていて、輪になつた部位により相互につながつている二つの分岐している脚を備えている。前記輪になつた部位の曲率半径はできるだけ小さくしなければならない。しかし、必要な弾性を備えた鋼板は展性が制限されていてその展性は曲率半径と板厚との間の比に一定の最小値を与える。(甲第三号証三頁一三行から四頁一行まで)

(三) したがつて、本発明の目的は、二つのV字状の脚の間の曲部における小さい曲率半径のための要件を満たすとともに、相互に連結された部材を一定の相対的な位置に保持するようにこれらの脚を十分な力で離し勝手に押し動かす上記の型の枢動継手の改良されたばねを提供することである。

上記の目的は、本発明により、同じ材料の単層の板ばねを用いたときには、鋼板の厚さを厚くしてこれに応じて曲率半径を大きくしてはじめて得ることができるような弾性度を与えるために互いに弾力的に補強しあつている実質的に同延の鋼板から構成されたほぼヘアピン状につくられた板ばねによつて達成される。(甲第三号証四頁二行から一〇行まで)

(四) このような板ばねの曲率半径は小さいので、蝶番目板の一方と係合した蝶番軸のまわりに前記板ばねを楽に曲げることができる。(甲第三号証四頁一八行から二〇行まで)

(五) さらに、本発明の他の特徴によれば、板ばねにより取巻かれた蝶番軸を板ばねの輪になつた部位に挿入されるプラスチック材料から作られたブツシュにより取り囲むようにすることができる。このようなブツシユを使用すれば、蝶番ピンの有効径を大きくすることができるだけでなく、一定の弾性を有する材料(たとえば、ポリアセタール)から作れば、ばねの弾力を高めることができる。(甲第三号証四頁二〇行から五頁八行まで)

(六) 添附図面に示されている板ばねでは、該板ばねと一体であつてもあるいは一体でなくてもよいが二層以上の層を加えることによつて、もつと薄い箔状のものを使用できかつ輪になつた部位の曲率半径をもつと小さくできるように変更することができることを理解していただけよう。(甲第三号証八頁三行から八行まで)

2(一) 右認定の本願明細書の記載及び当事者間に争いがない請求の原因二の本願発明の要旨によれば、本願発明は、前記1(一)の記載のタイプの枢動継手において、相互に連結された部材を一定の相対的な位置に保持し、安定化させるための、輪になつた部位により相互につながつている二つの分岐している脚を備えたV字状の板ばねに関するものであること、本願発明の板ばねの素材となる鋼材ストリツプは、必要な弾性を備えているが、展性については一定の制限があり、鋼板を曲げる場合には、その鋼板の板厚により曲率半径の最小値が限定されるという性質を有していること、本願発明は、<1> このように板厚の関係で曲率半径の最小値が限定される鋼板ストリツプを材料として用いながら、<2> 板ばねのV字状の脚の間の曲部における曲率半径を小さくすると共に、<3> V字状の脚を十分な力で離し勝手に押し動かす弾性を備えた、改良されたV字状のばねを提供することを技術課題、目的としているものと認められる。

(二) また、右認定の本願明細書の記載及び本願発明の要旨によれば、本願発明の板ばねは、相互に弾力的に補強し合つている、実質的に同じ厚さの、少なくとも二層に組み重ねた、実質的に同延の鋼板から構成されたほぼヘアピン状につくられた板ばねであつて、その輪になつた部位が蝶番軸に装着されたブツシユを隙間のないようにぴつたりと取り巻いて取り付けられるという構成であること、その構成により、特に、板ばねを多層(少なくとも二層)に構成し、その結果、各層の板厚を薄くできることにより、同じ材質の単層からなる板ばねであれば、鋼板の厚さを厚くし、これに応じてV字状の脚の間の曲部における曲率半径を大きくしてはじめて得ることができるのと同じ弾性度を、V字状の脚の間の曲部における曲率半径の小さい板ばねから得ることができるという作用効果を奏するものであることが認められる。

(三) 即ち、本願発明は、前記<1>ないし<3>の条件を備えた、改良されたV字状の枢動継手用の板ばねを提供するという技術的課題、目的に対して、その解決手段として前記の構成、特に板ばねを多層(少なくとも二層)にするという構成を採用したものであり、右構成を採用することにより、前記<1>ないし<3>の条件を備えた板ばねが得られ、単層の板ばねに比較してV字状の脚の間の曲部における曲率半径を小さくできるという目的のとおりの効果を奏することができるものである。

三 認定判断の誤り第1点について

1 平板状のばねについては、「板ばねの層を複層にして薄板製ばね材を使用可能にするということは、重ねばねにおいて周知のことである」旨の本件審決の認定判断は原告の自ら認めるところである。

また、本件審決の認定判断中、「薄板製ばね材を用いて断面U字形の屈曲ばねの枢動中心部の曲率半径を小さくし得るようにしたことは従来周知の薄板製ばね材が、本来具有する性質を生かして使用したことである」点も原告の自ら認めるところであり、右にいう「従来周知の薄板製ばね材が、本来具有する性質」とは、「薄板製のばね材は、厚いばね材と比べて曲げやすく、曲げた場合の曲率半径を小さくすることができる性質」をいうものであることは当事者間に争いがなく、薄板製のばね材がそのような性質を有していることが従来周知であることも原告が自ら認めるところである。

そして、本件審決は、右の各事実から、「当業技術者が設計に際して必要に応じて屈曲ばねの枢動中心部を小径にするため薄板製ばね材を使用しばねの復元力を強くするために複層にし得るものと認められる。そこで、引用例における板ばね式蝶番の部分の板ばねを薄板製にし、かつ複層にし、その板ばねの枢動中心部を小さくすることにより本願発明の枢動継手とすることは、当業技術者が必要に応じて容易に発明をすることができたものと認める。」と認定判断しているものである。

2 ところで、本願発明は、前記本願発明要旨のとおりの枢動継手用という限られた部所に用いられ、輪になつた部位でつながつている第一の脚と第二の脚を有する大体ヘアピン状に作られた板ばねという限定された形状の板ばねにおいて、<1> 板厚の関係で曲率半径の最小値が限定される鋼板ストリツプを材料として用いながら、<2> 板ばねのV字状の脚の間の曲部における曲率半径を小さくすると共に、<3> V字状の脚を十分な力で離し勝手に押し動かす弾性を備えた、改良されたV字状の枢動継手用の板ばねを提供することを技術課題、目的としているものであることは、前記二2の(一)ないし(三)に認定したとおりである。

一般に、装置の機能を損なわず一定に維持しながら装置自体のスペースを小さくし、装置を小型化することは、各種装置に要求される課題であることは、技術常識である。また、装置を小型化する手段としては、装置の部品を小型化することがあることも技術常識である。

更に、成立について当事者間に争いのない甲第四号証によれば、引用例には、従前の技術の問題点として、「器具がしばしば嵩ばり、蝶番素子を収容するための実質的にサイズが大きく、且つしばしば閉じ込め形の部材を必要とすること」(甲第四号証訳文三頁一〇行から一二行まで)が挙げられており、本願発明と、本件審決認定のような一致点を有する引用発明においても、装置の小型化が課題であつたことが認められる。

しかし、装置の機能を損なわず一定に維持しながら装置を小型化することは各種装置に要求される課題であること及び装置を小型化する手段としては装置の部品を小型化することがあることが技術常識であるからといつて、それらのことから課題解決の技術手段と密接に関連し、かつ前記<1>の板厚の関係で曲率半径の最小値が限定される鋼板ストリツプを材料として用いることを前提とすると、相矛盾した課題となる<2>板ばねのV字状の脚の間の曲部における曲率半径を小さくすると共に、<3>V字状の脚を十分な力で離し勝手に押し動かす弾性を備えた板ばねを提供するという本願発明の技術課題、目的に想到することが容易であるとはいえない。

また、前記1に認定のとおり、薄板製のばね材は、厚いばね材と比べて曲げやすく、曲げた場合の曲率半径を小さくすることができる性質を有していることは周知であり、薄板製ばね材を用いて断面U字形の屈曲ばねの枢動中心部の曲率半径を小さくし得るようにしたことは、薄板製ばね材が本来具有する右のような周知の性質を生かして使用したことであるといえ、平板状のばねについては、板ばねの層を複層にして薄板製ばね材を使用可能にするということは、重ねばねにおいて周知のことであるからといつて、本願発明要旨のとおりの枢動継手用という限られた部所に用いられ、輪になつた部位でつながつている第一の脚と第二の脚を有する大体ヘアピン状に作られた板ばねという限定された形状の板ばねにおいて、<1> 板厚の関係で曲率半径の最小値が限定される鋼板ストリツプを材料として用いながら、<2> 板ばねのV字状の脚の間の曲部における曲率半径を小さくすると共に、<3> V字状の脚を十分な力で離し勝手に押し動かす弾性を備えた、改良されたV字状の枢動継手用の板ばねを提供するという、本願発明の技術課題、目的を想到すること及び薄板製ばね材を用い、複層にするというその解決手段を想到することが容易であるとはいまだ認めるに足りない。

よつて、本件審決の、当業技術者が設計に際して必要に応じて屈曲ばねの枢動中心部を小径にするため薄板製ばね材を使用しばねの復元力を強くするために複層にし得るものと認められる旨及び引用例における板ばね式蝶番の部分の板ばねを薄板製にし、かつ複層にし、その板ばねの枢動中心部を小さくすることにより本願発明の枢動継手とすることは、当業技術者が必要に応じて容易に発明をすることができたものと認める旨の認定判断は誤りである。

3 被告は、乙第一号証に記載されているような平板状薄板製ばね材を復元力を強くするため複層にすることが、全てのばねに適用可能な技術であり、引用例のような断面U字形の屈曲ばねにおいても適用可能である旨、断面U字形のばねの復元力を強くするため、その薄板製ばね材を、板ばねの層を複層にして使用可能にすることは、薄板ばね材を複層にする構造が周知である旨主張するが、右乙第一号証の記載をもつて直ちにこれを認めることはできず、他にそのことを認めるに足りる証拠はない。

なお、板ばねの端部あるいは中間部に枢動中心部を設けて、板ばねの部分を枢動自在にさせるため枢動中心部に配設したピンの周囲に薄板製ばねを複数枚重ねて多層にし、相対的に厚い板ばねからなるばね材による場合に比べて、前記ピンの径を小径にしても弾性強度を低めないで作用させ得ることは、乙第一号証の3・1図、3・3図、3・6図に示されているように、従来周知であることは当事者間に争いがないが、成立について当事者間に争いのない乙第一号証によれば、乙第一号証に記載されたものは、本願第一発明のようなU字形板ばねの輪になつた部分についてのものではなく、当然には本願第一発明に適用できるものとはいえない。

また、被告は、装置の機能を損なわず一定に維持しながら装置を小型化することが、各種装置に要求される共通の課題であることは、技術常識にすぎないから、本願第一発明のように、この課題を目的として、引用例記載の屈曲ばねの占有スペースを小さくするため、屈曲ばねに薄板製ばね材を使用してその枢動中心部を小径にすることは、当業技術者が必要に応じて容易になし得ることである旨、その際、引用例記載のような単層ばねでは、枢動中心部を小径とすることによりばねの弾性が低下し、この低下したばねの弾性を増す必要があることは明らかであり、薄板ばねの複層構造が周知であるから、薄板製ばね材を板ばねの層を複層にして使用可能にすることは、当業技術者にとつて格別困難なものではない旨主張するが、本願発明の技術課題、目的を想到すること及び薄板製ばね材を用い、複層にするというその解決手段を想到することが容易であるとは認められないことは、前記2に判断したとおりであり、被告の主張は採用できない。

四 よつて、その主張の認定判断の誤り第1点の違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の主張について判断するまでもなく正当であるから認容することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

1 相対的に揺動可能な二つの構成要素に用いられる枢動継手であつて前記構成要素の一方に固定するようにされた第一の部材と前記構成要素の他方に固定するようにされた第二の部材と前記両部材を相互に連結する結合されたリンク仕掛であつて、枢動手段により前記両部材に接合された両端を夫々有する一対の蝶番目板を備えたリンク仕掛と輪になつた部位でつながつている第一の脚と第二の脚を有する大体ヘアピン状に作られた板ばねであつて、前記第一の脚が前記第一の部材を押しており、前記両部材を二つの相対的な位置のどちらかに片寄らせるために前記第二の脚が前記蝶番目板の一つの突出部を押している板ばね、とよりなる枢動継手において、該リンク仕掛の枢動手段の中該第一の部材に固定されている蝶番軸に弾力のある材料でできているブツシユが装着され、該板ばねが相互に弾力的に補強しあつている実質的に同じ厚さの少なくとも二層に組み重ねた実質的に同延の鋼板から作られた板ばねであつて該板ばねの輪になつた部位が該ブッシュを隙間のないようにぴつたりと取巻いて取付けられていることを特徴とする前記枢動継手。

2 前記板ばねが、一方の脚の、輪になつた部位から遠い方の端部で折り返して、前記二つ以上の層を形成していることを特徴とする特許請求の範囲第一項に記載の枢動継手。

3 該弾力のある材料が合成樹脂である特許請求の範囲第一または二項に記載の枢動継手。

4 該合成樹脂がポリアセタールである特許請求の範囲第三項記載の枢動継手。

5 前記蝶番目板の前記他方の端部が二又に作られていて、前記蝶番軸に係合するとともに、前記彎曲部分をはさみ囲んでいることを特徴とする特許請求の範囲第四項に記載の枢動継手。

6 該枢動継手が、前記蝶番軸を取り囲むとともに前記彎曲部を支える合成樹脂製のブツシユを備えていることを特徴とする特許請求の範囲第四項に記載の枢動継手。

(以下本願発明につき別紙本願発明図面参照。なお、右1の発明を、以下「本願第一発明」という。)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙 本願発明図面

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